日米地位協定:不平等な理由と沖縄の負担

1951年 旧安保条約
1952年 行政協定

「占領体制が今日まで続いている。
それを直す努力を日本がしてこなかった」(孫崎亮氏)

1952年 行政協定
合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族が日本国内で犯す
全ての罪について専属的裁判権を日本国内で行使する権利を有する」
米兵らの全犯罪は日本ではなくアメリカが裁く

「全てのものということで、これは治外法権ですから
日本国民はのめるような条件ではない」(孫崎亮氏)

「行政協定というのは政府対政府の合意ですから
国会の承認は必ずしも必要ではない。
オープンにすると反対があるので
これを行政協定という形で潜り込ませた」(孫崎亮氏)

1953年 公務外の犯罪は日本側に裁判権が移るが
    陰で秘密文書が交わされていた
「日本国にとって実質的に重要であると考えられる事件以外については
第一次裁判権を行使する意図を通常有しない」
cases considered to be of material importance to Japan.
In this respect I do not normally intend to exercise
the primary right of jurisdiction.

米兵の公務外の犯罪について
「重要な事件以外は裁判権を放棄すると米側に約束」

1960年 日米安保条約 行政協定は日米地位協定と名前を変え 今日まで続く

『改善』といっても
日米地位協定の”改定”ではなく、”運用の見直し”
アメリカ側の”好意的考慮”による

「罪を償ってもらうために裁判をするのに
何で自分達が裁判をさせて下さいって頭下げなきゃいけないんだろう」

1995年 少女暴行事件
“凶悪犯罪”に限り 米側の”好意的考慮”で
起訴前の容疑者引渡しが可能になった

「日本政府として安保条約を大事にする立場から
それ(地位協定)を変えるということは
安保条約そのものに傷がつくという発想ですから
ですからきちっと対応していただけなかったわけですよね」
(大田昌秀氏)

半世紀以上変わっていない日米地位協定
これまで一度も日本政府がアメリカ側に改定を申し入れたことはない。