〔2019.7.8夕方 山形市〕ケムトレイル、ケムトレイル雲、幽霊飛行機(問題提起:ケムトレイルを政治問題化できない責任は誰にあるのか)

【ファクトや証拠が足りないのではない】

 ケムトレイルの(物理的)証拠は山ほどあります。
 ちょっとした科学的基礎知識と合理的な思考能力さえあれば、日々何らかの微細な物質が大量に撒布されていることは、もはや「否定しようのない事実」だと言っていいでしょう。

 私たちの目の前で日々繰り広げられている物理的な現象以上に、明らかなファクト(事実、真実)は存在しないのではないでしょうか?

【ケムトレイル問題を政治問題化できない責任は私たち一般大衆にある】

 ものごとをあるがままに見ることのできる知性と感性がなければ、どんなに「明らかな証拠」を山ほど積み上げられても、それを「証拠」と認識することはできませんし、真実を知ることはできません。

 率直なところ、現在の政治に対する一般大衆の反応を見ていると、残念ながら一般大衆(の大多数)にあるがままの真実を見る知性と感性があるとは思えません。

 したがって、現時点では、形の上であったとしても「民主主義」の政治形態をとる現在の日本で、ケムトレイル問題を公の場で俎上に載せることは不可能だと思います。

 最終的な責任は、個々の政治家にあると言うよりも、政治家たちがその意向を忖度(そんたく)する相手である、「私たち一般大衆」の方にこそあるのだと私は考えます。