プーチンを無理筋の軍事侵攻に踏み切らせた背景とは

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ニュース・コメンタリー 『プーチンを無理筋の軍事侵攻に踏み切らせた背景とは』(2022年3月5日)
司会:神保哲生

 世界を驚愕させたロシアによるウクライナへの武力侵攻が続いている。

 ウクライナ軍はアメリカの軍事援助などにより、2014年のクリミア併合時よりは大幅に強化されているとされるが、とはいえ軍事大国ロシアに太刀打ちするほどの力は持ち合わせていないと見られている。ロシア軍が首都キエフに迫るのは時間の問題との見方が有力だが、仮にロシアが一時的に力でウクライナを屈服させることができたとしても、世界中から厳しい制裁を受けるロシアにウクライナを占領支配し続けるだけの国力が残っているかどうかについては、多くの専門家が疑問視するところだ。

 だとすると、プーチン大統領にはどのような勝算があるのだろうか。

 ビデオニュース・ドットコムでは今回のロシアによるウクライナ侵攻を受けて、独自の視座を持つ2人の国際政治専門家に現状認識と今後の見通しについて話を聞いた。

 ロシアの専門家でロシア公使やウズベキスタン大使などを務めた元外交官の河東哲夫氏は、今回の武力侵攻は国内的にも対外的にもプーチン大統領がウクライナへの軍事侵攻に踏み切らざるを得ない立場に追い込まれた結果だったとの見方を示す。プーチンにとっては大きく危険な賭けになるが、それでも「今やるしかないとプーチンは考えたのだろう」と河東氏は語る。

 また、ロシアのウクライナ侵攻の大きな副産物として河東氏は、ヨーロッパ諸国が覚醒したこと、とりわけドイツがこれまで控えてきた武器輸出を解禁するとともに、軍事支出の大幅増額の方針を明らかにするなど、大きな路線転換の動きを見せていることに注目する。第二次世界大戦以来、軍事的な関与を控えてきたドイツが、アメリカの影響力の低下と引き換えに、ヨーロッパにおける軍事的プレゼンスを大きく拡大するきっかけになる可能性があると河東氏は語る。

 一方、NGO・国連職員として世界各地の紛争処理や武装解除などに当たった経験を持つ平和学が専門の伊勢崎賢治・東京外語大学教授は、ロシアを軍事侵攻に踏み切らせた要因として、冷戦終結後の「NATOの自分探し」をあげる。ロシアのウクライナ侵攻の背景には、冷戦終結後のNATOの東方拡大があることは紛れもない事実だろう。ロシアを敵視するNATOの影響力が、旧ソ連の主要な構成員で自国と長い国境を接するウクライナにまで及ぶことに脅威を感じたロシアが、窮余の策として軍事侵攻に踏み切ったという見方だ。

 冷戦期にソ連に対抗するための軍事同盟として1949年に発足したNATO(北大西洋条約機構)は、ソ連の崩壊後、その存在意義が問われるようになった。実際、ベルリンの壁が崩壊した時、アメリカを中心とするNATO陣営は、当時のソ連のゴルバチョフ大統領のペレストロイカを側面支援する意味合いも込めて、NATOは東方に1インチたりとも拡大しないことを、密約のような形で約束していることが、ジョージワシントン大学のアーカイブに残されている公文書から明らかになっていると、伊勢崎氏は語る。

 仮想敵国を失った以上、軍事同盟としての色彩を無くし、いずれはロシアも加盟する大きな友好条約に変質させる案も一時は議論されたが、アメリカ、カナダはもとより英仏独伊からトルコまでが参加し、加盟国の方々に軍事基地を持ちNATO軍を駐留させている巨大な軍事同盟を解消することは容易ではなかった。

 そうこうしているうちに、2001年には同時テロに遭遇したアメリカが主導するテロとの戦いが始まり、NATOはあらためてその存在意義を見出すことに成功する。そこでアフガニスタンやイラクにまで軍事侵攻を行ったはいいが、イラク統治は大惨事に終わり、アフガニスタンでも勝ち目がなくなったことが明らかになった2012年頃から、NATOは再びアイデンティティ・クライシスに陥る。しかし、2014年にロシアが武力でクリミアを併合してくれたおかげで、欧州諸国は「やっぱりNATOが必要」であることを再認識し、結果的にNATOは今、「ロシアの拡大主義に太刀打ちする軍事同盟」という位置づけが明確になっていると伊勢崎氏は語る。

 河東氏と伊勢崎氏のインタビューの重要なポイントを抜粋した上で、ジャーナリストの神保哲生がロシアのウクライナ侵攻に対する両氏の独自の視座を解説する。

【出演者プロフィール】
■河東 哲夫(かわとう あきお)
元外交官、元駐ウズベキスタン大使
1947年東京都生まれ。70年東京大学教養学部卒業。同年外務省入省。ハーバード大学大学院ソ連研究センター、モスクワ大学文学部留学、外務省東欧課長、ボストン総領事、ロシア特命全権公使、駐ウズベキスタン大使兼タジキスタン大使などを経て退官。現在、東京大学客員教授、早稲田大学客員教授、東京財団上席研究員など。著書に『ロシア皆伝』、『ワルの外交』。『米・中・ロシア虚像に怯えるな』、訳書に『ロシア新戦略-ユーラシアの大変動を読み解く』など。

■伊勢崎賢治(いせざき けんじ)
東京外国語大学大学院教授
1957年東京都生まれ。80年早稲田大学理工学部卒業。84年インド国立ボンベイ大学大学院社会科学研究科博士前期課程修了(後期中退)。86年早稲田大学大学院理工学研究科都市計画専攻修了。専門は平和学。東チモール暫定統治機構県知事、国連シエラレオネ派遣団武装解除統括部長などを経て、日本政府特別顧問としてアフガニスタンの武装解除を指揮。立教大学教授などを経て2009年より現職。著書に『本当の戦争の話をしよう 世界の「対立」を仕切る』、『新国防論 9条もアメリカも日本を守れない』、共著に『主権なき平和国家 地位協定の国際比較からみる日本の姿』など。

■神保 哲生 (じんぼう てつお)
ジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表 ・編集主幹
1961年東京生まれ。87年コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。クリスチャン・サイエンス・モニター、AP通信、グローブメールなど米国及びカナダの報道機関の記者を経て99年ニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を開局し代表に就任。著書に『地雷リポート』、『ツバル 地球温暖化に沈む国』、『PC遠隔操作事件』など、訳書に『食の終焉』、『DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機』、『野球は90%がメンタル』など。

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(本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)

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