地政学の論理018:Qアノンとピザゲート ―エプスタイン・ファイル開示の逆説― #トランプの開示公約

エプスタイン・ファイルの開示は、陰謀論の流布と不可分になっていました。いわゆる〈ディープ・ステート論〉です。これは〈カバラ〉というユダヤ中世文化系統の熟語を転用することの多い、〈隠れた政府〉の陰謀論です。エプスタイン・ファイルは、この〈隠れた政府の陰謀〉であるから、その陰謀抑止のために開示すべきだという主張です。
この陰謀論の流布は、2010年代に入って特に目立ちはじめたもので、それはエプスタインの最初の性犯罪逮捕が、異常に軽い拘禁刑で終わったこと、十年近くも彼は〈有名な性犯罪者〉として堂々と公的活動を行っていたことと、内的に連関しています。こうした事象連関を見るかぎり、事件ファイルの開示/非開示をめぐる議論の沸騰もまた、SNS社会の大衆心理の内実を典型的に示すものとして、重要な観察対象であると思います。今回はその中でも代表的な陰謀論であるQアノンと、エプスタインの性犯罪が露出したり潜行したりする、その共振関係の全体を概観してみましょう。

① まず問題を整理するために、四つの観察の領域を設定しておきます。これらはすべて、公共の場での、事件ファイルの開示/非開示と連動しています。
(1)エプスタイン本人の性犯罪そのものの開示/非開示:
これは四期に区分できます。
1.最初の逮捕までの潜勢期
2.逮捕から司法取引、拘禁釈放まで
3.十年近くの〈有名な性犯罪者〉としての露出
4.最後の逮捕から謎の死に至るまで
最後の逮捕に至る流れを作ったのが、被害者側からの事件開示(告発)とそれに応じたメディアの粘り強い調査であったことは、事件の猟奇性への正常な法治の反撃として、非常に重要です。
(2)次がこの陰謀論プロパーの領域です。それはトランプ一期目の選挙運動中に活発化した〈Qアノン〉の活動と、それと関連する〈ピザゲート事件〉で頂点に達しました。これが〈陰謀の開示〉を求める運動へと連続します。エプスタイン事件本体との呼応関係では、上述3の沈静期にあたり、〈陰謀〉も彼ではなく、オバマやヒラリー・クリントンをターゲットとしてのものであったことが特徴的です。つまり陰謀論の目指す方向は、真逆と言えるほど大幅にズレていました。
(3)並行して、隠蔽の動きが強まります。これはトランプ個人、そしてシンジケートになんらかの形で関与していた、ホワイトハウスの要人たちを中心に行われます。最初この二つの勢力は同じ流れを形成していましたが(エプスタインとのつながりを否定するという定型において)、やがて二つに分岐していきます。これはトランプ個人が、〈陰謀論〉を選挙戦に積極的に活用し始めたことがきっかけでした。それを通じて、現実にヒラリーをターゲットにできると信じていたふしもあります(根拠はおそらく、夫ビルのシンジケートへの関与を実見していたことです)。
(4)最後の動きが、ファイルそのものの開示の動きで、これは2018年の逮捕、証拠押収を原点として始まりました。ここでトランプは、彼らしく二股膏薬を決め込み、〈陰謀論=ディープ・ステート〉の開示と、エプスタイン・ファイルそのものの開示/非開示を連動させ始めます(めまぐるしく約束と破約を続けます)。しびれをきらした下院が、超党派で開示を決定したことが、今回の動きにつながりました。トランプの現在の立場は、〈思ったとおりだろ、たいしたものは入っていなかった〉という繰り返しで表明されています。
② もう一つ、逆側からの〈陰謀論〉があるので触れておきましょう。それはこのファイルの開示から必然的に始まるメディアの大騒ぎが、他のより重要な動きを隠蔽するための煙幕だというもので、時折「識者」たちが指摘していますが、わたしはそれが「意図において」ではなく、「結果において」であれば、妥当しているかもしれないと思います。つまりグリーンランドやカナダ、イランやベネズエラ、それにおそらくウクライナも含めての〈新モンロー主義〉にとっての〈本題〉が、スキャンダルの大騒ぎによって覆い隠され、短期的には健忘状態になることです。これはすでに起きていることで、それを〈活用〉しようとする動きは陰に陽に見て取れます。しかしそれは結果であって、原因でないことはたしかです。
③ さらに開示/非開示の根底にある、公共性の基盤ということに着目すれば、その構造性が今回の事件をきっかけとして変容していくのかどうか、それも大きな観察のポイントだと思います。それは〈政経のdecorum=品位〉という概念で括れるポイントです。上のモメントにつなげる形で整理してみましょう。
(5)今回の開示が限定的、最終的なものにとどまるとしても、それが現今の公共性全般に対して与えた影響は、莫大なものとなるに違いありません。その中で特に注目すべきは、この事件のコアをなす〈猟奇的カバラ〉(それはまさにカバラでした)によって大きく傷つけられ、下落した〈政経のdecorum〉そのものの行方です。それは下落しつつも、また再び反発する力を示すのか、それとも全体がうやむやになりながら、政経におけるdecorum全体の死滅の過程に入るのか、あるいは別の変容を示すのか、観察し続ける必要があります(この問題の概要はまた別箇にまとめるつもりです)。
④ この最後のモメントと連動しますが、QアノンがSNS的現代において、典型的な〈デマ拡散のエコーチェンバー〉の型を示すとはいっても、その逆側の原理、つまりデマを検証しようとする、ファクトチェックの基本的精神もまだ生き続けていることを確認することが重要です。逆側にあるこの二つの力は、まさに弁証法的相互浸潤関係にあり、一方が伸張するところでは、確実に他方の力も増大します。それはまさにトランプ一期目の大騒ぎの中で顕在化した、公共的な場そのものの力学でもありました。これを忘れないようにすることがまず重要です。
⑤ その上で、このデマ拡散の固有の力学もまた、冷静に客観的に分析の対象としなければなりません。それが特に、エプスタイン事件そのものが鎮静化していたこの時期において顕在化することも重要です。その根底で動いている共振の原理は、〈置換〉のモメントです。事件の現実が、陰謀論の妄想にそのまま置換されていることが確認できるからです。
⑥ Qアノンは、よく知られているように、極右のデマ原理です。それは陰謀論を内実とし、〈ディープ・ステート〉非難を基調とします。これは自らの鏡像、写像であることは明白です。これも一つの〈置換〉です。極右運動自体が〈陰謀的〉力学で動いており、一つの実態化した〈ディープ・ステート〉を目指しているからです。つまりそこで働いているのは、〈現実〉と〈自己描像〉の置換の原理です。
⑦ より現実に近い〈置換〉は、〈ピザゲート事件〉(2016年)において観察されます。その荒唐無稽な主張の基軸は、〈コメット・ピンポンというピザ店で、ヒラリー・クリントンたちは児童人身売買を実体とした悪魔崇拝を行っている〉というものでした。これを信じた陰謀論の信者が、銃を持ってその実在の店に押し入り、発砲する事件まで起こしてしまうわけですが、これらの〈妄想モジュール〉は、すでにエプスタイン・シンジケートに現実に用意されていたものでもありました(ピザはシンジケート内部で性的人身売買を意味するジャルゴンです)。エプスタインたちはヒラリーよりはトランプ寄りで、陰謀論も折にふれて〈活用〉する、そういうシンジケートです。しかし〈陰謀のモジュール〉を現実化していったのも彼らでした。そして彼らのこの〈陰謀モジュール〉は、〈置換〉されてヒラリーたちに投影され、〈開示の欲求〉を生んでいくことになります。これは極めて興味深い〈ねじれ〉でもあります。
⑧ もう一つ、さらに奥には〈アウラの活用〉の問題があります。それはエプスタイン個人がそうした嗜好を持っていて、怪しげなうさんくさい雰囲気を醸し出すことを好んでいたというだけでなく、おそらくこうした裏シンジケートの構造力学そのものから発する現象です。そしてこうした現象は、ある意味で、〈秘密結社〉的シンジケートにはつねにつきまとう、そういうアウラでもありました。〈革命史〉の中では、〈イルミナーティ〉から、〈炭焼き党〉を経て、〈ボルシェヴィキ〉の〈細胞運動〉に至る流れがこれであり、結社の組織原理そのものが、〈陰謀構築〉そのものでした。そしてそこではつねに、大衆が持つ〈陰謀パラノイア〉が実体化していくという並行現象が見られ、それがまた組織に投影すると、〈その大衆パラノイアを積極的に活用する〉という弁証法的〈戦略〉が発現します。
⑨ この構造的尺度で測るならば、エプスタインが〈有名な性犯罪者〉としてふるまった2010年代は、まさにこの〈ダークなアウラの自覚的操作〉が方法化していく時期にあたっていたと考えることができます(コアメンバー間の、かなり調子外れに躁狂的な言葉遣いに、この情念操作の快感が反照しています)。
⑩ このシンジケートの側の情念操作は、また大衆において、次の反照を生みます。それがこの〈モジュールの置換〉です。本来的にシンジケートと同じダークな領域から出た〈自己陰謀〉を、〈敵陣営〉に投射するというのがその内実です。そしてそれは彼らのsns的情念において、あっというまに〈エコーチェンバー化〉していきます。
⑪ エプスタイン・ファイル開示の最初の動きは、この〈陰謀論〉から発生しました。そしてそれはトランプ第二期目の選挙運動中の〈すべての資料の開示〉の公約につながることになります。
⑫ トランプはつねに口裏を返すことしかしない(できない)人ですから、当選後、またあわてて隠蔽にかかったのもある意味納得のいく動きでした。しかし火が付いた開示欲求は、ついに下院に飛び火して、特別立法が成立することになります。今回の開示はこの流れの最後の帰結でした。
⑬ トランプ個人を中心に見ると、〈いつもの流れ〉で何も起きていないに等しいのですが、彼を窮地に追い込みつつある開示の流れが、トランプ信奉者から出たという根本の逆説は憶えておくに値します。そしてそれは上のdecorumの問いへと連続します。Qアノン的なトランプ信奉者において、この逆説はどう作用するのかが興味深い問題です。彼らは別の陰謀を考え付いて支持を続けるのか(この可能性はかなりあります)、それともいままでとは別の流れが始まるのか(現在の支持率の低下はこちらの方向かもしれません)、やはりじっくりと観察するに足る現象だということになりそうです。
⑭ 〈陰謀論〉とエプスタイン・シンジケートは不可分の関係にありますが、この〈置換〉を基軸として、〈陰謀論〉の現実の中での顕れはさまざまなねじれを示します。そのねじれこそが、その都度の公共精神の〈時価〉のようなものです。法治の側に立つわたしたちは、陰謀論の紆余曲折が拮抗する二つの力の錯綜であることを確認し、陰謀論の逆側にはっきりと顕れる、ファクトチェックの精神、コモンセンスにこそ、わたしたちの希望を託すべきです。陰謀論に流されないとは、つまりはわたしたち自身の理性を護ることと同義なのですから。

開示/非開示をめぐる顛末の概観は、面白い形で、今現在の公共性の内実、その基本精神を照らすものとなりました。
次回はいよいよこのシンジケートの本体、その構造の内実に迫ってみたいと思います。

関連動画:
〈地政学の論理015:エプスタイン・ファイルとダヴォス会議〉

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